2025-02

本に出てた場所に行く

石牟礼道子『苦海浄土』、水俣病発端の地「百間排水口」を訪れた

2021年9月、アメリカ人の写真家、ユージン・スミスの水俣での取材体験を描いた映画「MINAMATA」を観た私は、水俣病を語った石牟礼道子の小説『苦海浄土』を読み、水俣を一度は訪ねるべきと強く思いました。その年の12月、九州に行く機会を得た私は、「水俣市立 水俣病資料館」を見学した後、汚染された土壌を埋め立て整備された緑地公園「エコパーク水俣」内を歩いて、小説に出ていた水俣病発端の地点といわれる「百間排水口」に向かいました。 その排水口は、今は浄化処理された排水が流れていました。しかし1932年から1968年まで水銀化合物が流され続けたこの場所を前に、私は心臓の鼓動がいつもより大きくなるのを感じました。
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伊集院 静が描く、正岡子規仮寓の向島、長命寺山本やで桜もちを食す

作家、伊集院静は小説「ノボさん」で、病と闘いながら俳句・短歌の改革を進めた正岡子規と、学友の子規を見守りながら自身の文学を模索し始める夏目漱石の交流を描き出しました。向島は子規が明治21年の夏休みに郷里の松山に帰省せず、仮寓した街でした。 子規は向島で秋の七草にちなんだ和漢詩文集「七草集」の大半を著すなど、後年の俳句の革新運動にも通じる文集をまとめ上げています。物語ではこの時、子規が長命寺山本やの餅屋の娘、おろくに初恋に似た感情を抱く姿が語られる一方、後年の病気を暗示する喀血の様子も描かれ、35歳の若さで逝った子規の哀切な思いを私に抱かせました。 今回、私は「ノボさん」こと子規が下宿したとされる「長命寺山本やの餅屋」で『さくら餅』を実際に食べて来ました。その様子と店名長命寺の由来などについて、ざっくりとご紹介します。