今治を歩く ― 七月隆文『天使は奇跡を希う』の物語が息づく場所

本に出てた場所に行く

 手にした本が舞台となる地を旅できる幸せ。今回歩いたのは、七月隆文さんの青春ファンタジー小説『天使は奇跡を希う』の舞台、愛媛県今治市。小説を読んで「なぜ今治が舞台なのか」をずっと考え続けました。そして、そして私は実際に訪れ、その理由が静かに、でも確かに腑に落ちました。
 今回、今治駅、今治城、三嶋神社の3地点を巡り、それぞれが物語の魅力を引き立てる舞台装置であることが、訪れて初めて見えてきました。
 小説の舞台となる瀬戸内海に面したこの街は、境界性と祈りの風土、再生と結びの象徴、そして都市としての程よい規模感、スケール感を備え、それが、登場人物たちの「奇跡を希う心」を深く支える土壌となっていました。

今治市の陸の玄関口 今治駅

<簡単なあらすじ>

舞台は瀬戸内海にほど近い愛媛県今治市。主人公は高校生の新海良史(しんかいよしふみ)。

彼のクラスにある日、白い羽根を持つ転校生・星月優花(ほづきゆうか)がやってきます。優花の背中に生える天使の翼は、最初は良史だけに見えていすが、ある出来事をきっかけに、良史・成美・健吾の幼なじみ3人が、優花の「天国に帰りたい」というお願いを叶えるため協力することに。

物語は恋愛と奇跡、そして「天使の嘘」をめぐる切ない青春ファンタジー。やがて明かされる優花の本当の目的や、天使らしい純粋な想い、そして嘘をつかなければならなかった事情が、後半で切なく描かれていきます。

1. 海と島の「境界」に立つ街──閾(いき)に宿る希い

 今治は瀬戸内海に面した街です。古来より海上交通の要衝であり、数多くの船がこの地を出入りしてきました。島と本土をつなぐしまなみ海道の姿もまた、人や文化、想いを行き交わせる「境界」の象徴といえるでしょう。
 境界に立つ街には、特有の気配があります。海と陸、内と外、日常と非日常。そのはざまに立つ人々は、自然と「向こう側」を意識せざるをえません。小説の登場人物たちが希う「奇跡」もまた、日常のすぐ隣にある非日常へと手を伸ばす営みです。境界の街・今治に立つとき、人は心の奥にある祈りを、はるか彼方へ自然に投げかけたくなる、そんな気がするのです。

今治城側から望む海水の混じったお堀

2. 遍路文化に根付いた祈りの風土

 四国は遍路の大地であり、今治も巡礼者を受け入れてきた通過点です。街中には54番札所の延命寺から、55番札所の南光坊、56番札所の泰山寺。その隣には筆者も訪ねた三島神社がありました。
 札所を巡る人々は、それぞれの願いや苦しみを抱えながら歩み続け、この街にも祈りの痕跡を残してきたはずです。
 歩き、手を合わせ、また歩く――この土地では「祈る」という行為は決して特別なものではなく、日常の延長と言えるでしょう。祈りは生活の手前にあるのではなく、生活の奥に静かに佇んでいる気がします。

 こうした文化的背景を持つ土地では、都会の真ん中に置けば浮いてしまう宗教的な象徴も、今治に据えられることで静かに馴染むことになります。ファンタジックなこの小説が、今治を舞台とする説得力は、こうした歴史と風土に裏打ちされていると感じます。だからこそ『天使は奇跡を希う』の物語に登場する「天使」や「奇跡」といったモチーフが、不自然ではなく受け入れられると思うのです

56番札所泰山寺隣にある三島神社

3.「再生」と「結び」の象徴を持つ街

 今治といえば、造船とタオル。この二つの産業は、街の顔であると同時に、物語のテーマを支える象徴として読み解けます。

船」は人と人、土地と土地を結びつける存在です。海を越えて誰かのもとへ届けるものは、希望であり再生のきっかけでもあります。そして「タオル」は、人の涙を拭い、汗をぬぐい、やさしく身体を包むもの。傷ついた人の心に寄り添う柔らかさを備えています。

 これらの産業が築いた街の空気は、奇跡を希う人々を支える静かな力となります。誰かが絶望から立ち上がるとき、その背後には土地の産業や文化が生み出す背景があると思わざるを得ません。今治という舞台は、その「再生」と「結び」の力を物語の底に流し込む最適な場所の一つだと思いました。

小説にも出てくる造船の町の象徴

4.都市規模の「ちょうどよさ」が生む余白

 今治のもうひとつの特徴は、都市としての「ちょうどよさ」です。東京や大阪のように巨大で匿名的な大都市ではなく、かといって小さな村のように閉ざされた空間でもありません。ほどよく開けながらも、生活の温度を感じられる中規模の地方都市。それが今治です。

 物語の舞台として考えれば、この「規模感」は大きな意味を持ちます。人間の営みを描くに十分な広がりを備えつつ、祈りや奇跡といった個人的で内面的なテーマをも語れる濃度もある。読者にとっても、リアリティを感じながら物語に没入できる舞台となっています。

 小説の舞台となる瀬戸内海に面したこの街は、境界性と祈りの風土、再生と結びの象徴、そして都市としての程よい規模感、スケール感を備えています。それが、登場人物たちの「奇跡を希う心」を深く支える土壌となっていました。

プロフィール
morio

著者の名前 morio
 四国お遍路の体験ブログをやりはじめて半年が経った定年おじさんです。
 読書をして現地を訪ねたブログ「本に出ていた場所に行く」も数点出しました。
 今後は趣味のキャンプとヤマメ釣り、居酒屋巡りなども書き綴っていきます。
 

著者情報
・出身 :北海道
・年齢 :67歳(1958年生まれ)
・趣味 :読書、渓流釣り、キャンプ、居酒屋巡り

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