若い頃に憧れた「男らしいキャンプ」は、年齢とともに少しずつ形を変えてきました。今の自分にちょうどよいのは、力を抜いて自然と向き合う“マイルド無骨”というスタイル。ヒロシさんの孤高な焚き火時間に学びながら、シニアだからこそ辿り着ける「静けさ」と「深み」のあるキャンプをご紹介します。
1. “静けさ”に身をゆだねる贅沢な時間
ヒロシさんのキャンプスタイルを見ていると、何よりも印象的なのは「音を足さない勇気」です。BGMもなければ、多くを語らない。その静寂のなかで焚き火のパチパチとした音が響く姿に、深い共感を覚えます。
私自身、以前は仲間と笑い合い、ギアを並べ、賑やかなキャンプを楽しんでいました。でも、60代に入り、今はただ「音の少ない時間」を大切にするようになりました。鳥の声や風の音に耳を澄ませ、火のゆらめきを眺めていると、それだけで満ち足りる──そんな時間に価値を見出すようになったのです。
「無言の語らい」とでもいうべき、火との向き合い方。その原点に立ち返るとき、ヒロシさんの焚き火シーンは、まるで心の静寂を教えてくれているように感じます。

2. 無骨を支える道具の“軽やかさ”
「無骨」という言葉に、私はずっと重厚さを感じていました。しかし、今の自分には“軽やかな無骨”のほうがしっくりきます。力任せではなく、自然体で続けられる道具選び。それが、シニアのキャンプスタイルに合っている気がします。
焚き火台にはピコグリル398を使っています。これは、ヒロシさんも長年愛用している名品。組み立てが簡単で軽量、それでいて焚き火の炎を美しく魅せてくれる。派手さはないけれど、実に合理的で美しい道具です。大袈裟ではない焚き火を、誇り高く続けるには、まさにうってつけの存在です。
また、椅子やテーブルもコンパクトで設営が楽なものを選んでいます。体力に無理のない装備は、静けさと同じくらい重要な要素。無骨とは、無理をすることではなく、“無理のない自然体”を選び取る強さなのだと思います。
3. HELLEのナイフに込める“静かな誇り”
ナイフは、ノルウェーのHELLE ディディガルガルを長く愛用しています。これもヒロシさんが愛用している一本。手にしたときのバランス、手触り、そして使い込むほどに馴染んでくる感覚──そのすべてが、私の無骨感をさりげなく支えてくれています。
このナイフは、見せびらかすためのものではありません。語らず、ただ淡々と役目を果たす。それこそが無骨の本質ではないでしょうか。火を扱う、薪を割る、食材を切る。ひとつのナイフで静かにこなす、その一連の動作に、自分だけの流儀が宿るような気がします。
歳を重ねると、新しいギアを追いかけることより、ひとつの道具と長く付き合うことに価値を見出すようになります。このナイフには、それを教えられました。
4. 孤独を恐れない。“マイルド無骨”の哲学
シニアキャンプの良さは、「誰にも合わせなくていい」自由です。朝寝坊してもいいし、雨の日は撤収してもいい。焚き火の前でコーヒーを飲んでいるだけでも、それが立派な時間の使い方になります。
ヒロシさんが大切にしている“ソロキャンプ”という姿勢は、まさにこの自由を体現しています。仲間がいないから寂しい、ではなく、「ひとりでいることに耐える力」があるからこそ、孤独は孤高へと変わるの
若い頃は、誰かと分かち合うキャンプが楽しかった。でも今は、ただ黙って火と向き合う時間に、豊かさを感じます。無言の時間こそが、内面の声に耳を傾けるチャンスでもある。そんな時間を、誰に見せるわけでもなく、ただ自分のために過ごす。これが、私なりのマイルド無骨です。

5. 焚き火の炎に映る“いまの自分”
歳を重ねると、「頑張ること」よりも、「受け入れること」のほうがずっと大切になってくる気がします。自然の変化、体力の衰え、時間の流れ──それらすべてを受け入れながら、焚き火を前にして、自分の輪郭を静かに確かめる。そんな時間に、深い意味を感じています。
ただ座って火を見る。煙のにおいを感じ、時には煙に咽びながら風の音を聞く。その五感に集中したとき、ふと「ああ、自分はここにいる」と思えるのです。
無骨さは、行動ではなく「姿勢」に宿るもの。誰に見せるでもなく、自分だけのキャンプ時間を、誇りを持って過ごす。ヒロシさんのスタイルに敬意を払いながら、私は今日もマイルドな無骨さを焚き火に重ねています。



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