伊集院 静が描く、正岡子規仮寓の向島、長命寺山本やで桜もちを食す

本に出てた場所に行く


 作家、伊集院静は小説「ノボさん」で、病と闘いながら俳句・短歌の改革を進めた正岡子規と、学友の子規を見守りながら自身の文学を模索し始める夏目漱石の交流を描き出しました。向島は子規が明治21年の夏休みに郷里の松山に帰省せず、仮寓した街でした。
 子規は向島で秋の七草にちなんだ和漢詩文集「七草集」の大半を著すなど、後年の俳句の革新運動にも通じる文集をまとめ上げています。物語ではこの時、子規が長命寺山本やの餅屋の娘、おろくに初恋に似た感情を抱く姿が語られる一方、後年の病気を暗示する喀血の様子も描かれ、35歳の若さで逝った子規の哀切な思いを私に抱かせました。
 今回、私は「ノボさん」こと子規が下宿したとされる「長命寺山本やの餅屋」で『さくら餅』を実際に食べて来ました。その様子と店名長命寺の由来などについて、ざっくりとご紹介します。


 伊集院 静 著「ノボさん」小説 正岡子規と夏目漱石 (抜粋)

「おう、なかなかの寺じゃ」

子規は立ち止まって長命寺を眺めた。

寺を出てくる人は手に包みをさげていた。

「ノボさん、桜餅屋の二階と言うたな」

「ああ山本屋いう屋号ぞな」

「えろう人気のある餅屋とみえるのう」

「おう、あしはまだ食べたことはないが長命寺の桜餅言うて有名らしいぞな」

「ノボさんらしいのう。餅屋の二階を借りるとは」

小説に出てくる長命寺山本やの桜餅を食べた

銀座線浅草駅から見番通りを歩いて30分、「長命寺山本や餅店」に行く

 スマホでググると、向島に餅店の「長命寺山本や」が実際にあると分かり、さっそく行ってみました。
 吾妻橋を渡るとそこは向島、江戸の町から見て「隅田川の向こう」が地名の由来ですが東京メトロ銀座線浅草駅4番出口から花街の名残りである見番通りをゆっくり歩くこと30分、長命寺の隣にその餅店はありました。
 日曜午後の3時過ぎ、店に他のお客はおらず、静かで落ち着いた佇まいです。店内は清潔感があり、こざっぱりしています。主に持ち帰り客を想定しているためか、召し上がり席は10人ほど座ると一杯になる椅子テーブルが数個、そばには赤いもうせんが敷かれた縁台があって、茶店の雰囲気を出しています。

お店のお勧めに反し、桜葉ごと桜餅を食べたが、美味しかった

 桜餅を注文します。「召し上がり」セットは桜餅1個と煎茶付きで500円。
 お店の「おすすめ召し上がり方」によると、桜葉をはずして食べることを勧めていました。私は葉ごと口に入れました。塩漬けの桜の葉と小麦粉の薄皮に包まれた餡の甘さが口に広がります。甘すぎず、飽きのこないお餅です。
 これを子規も食べたのか、ミーハーである私にとって感動の一瞬です。食べている途中で、二組お客が来て箱詰めを注文していました。やはり、持ち帰り客が多いのかもしれません。

正岡子規、「山本や」2階『月香庵』で桜餅の句を詠む

 大学予備門の学生だった正岡子規は長命寺桜もち「山本や」の2階でひと夏を過ごしました。そして自らここを「月香楼」と称して次の句を詠んでいます。
 
  花の香を 若葉にかえて かぐはしき 桜の餅 家つとにせよ

「家つと」とは、家に持ち帰る手土産のこと。花の香りを若葉に込めた、桜餅を愛した子規の気持ちが伝わってきます。

長命寺門番の山本新六が桜の葉を利用した桜餅を考案、創業三百年に 

 餅屋に長命寺の名が付いたのは、江戸時代から桜の名所だった向島、長命寺で門番をしていた山本新六が毎年葉っぱの落ちる季節に掃除に手を焼いていて、桜の葉を何か利用できないか思案、これを塩漬けにして餅を包み、関東風の桜餅をはじめて作ったことに由来しています。
 注)今の桜餅は小豆が北海道産、葉は西伊豆・松葉産オオシマザクラの葉です。

家光の命で「長命寺」に改称、 病気を癒した井戸水は「長命水」

 また、長命寺は初め常泉寺と称していました。徳川家光が鷹狩りの途中で腹痛となり、寺の水で薬を服用したところ癒ったところから家光の命で長命寺に改められました。「長命水」の井戸が今も残っています。

子規の俳句革新の活動を始める転機、「向島」で私は思いをめぐらす

 隅田川は当時から水運が発達して川を行き交う舟が日常風景で浅草と並ぶ東京の行楽地でした。正岡子規が向島に滞在していたのは1891年(明治24年)ころで、この時期の日本は明治維新(1868年)から約20年、近代国家としての体制を整えつつある移行期でした。それは日本独自の文化を模索する時代と重なります。
 正岡子規にとって、これから病と向き合いながら、後の俳句革新につながる活動を始めていく転機となった場所の向島、彼の目にこの地がどう映ったのか、餅を食べながら私は思いをめぐらしました。

長命寺桜もち山本や 
住所    東京都墨田区向島5-1-14
☎️ 03-3622-3266
営業時間  8時半〜18時
定休日   毎週月曜日、火曜日
アクセス  浅草方面から 吾妻橋を渡り墨堤通り、又は、私は見番通りを歩きました(30分)
      押上方面から 押上駅A3出口から桜橋通りを進み、そのまま墨堤通りまで(15分)
        

プロフィール
morio

著者の名前 morio
 四国お遍路の体験ブログをやりはじめて半年が経った定年おじさんです。
 読書をして現地を訪ねたブログ「本に出ていた場所に行く」も数点出しました。
 今後は趣味のキャンプとヤマメ釣り、居酒屋巡りなども書き綴っていきます。
 

著者情報
・出身 :北海道
・年齢 :67歳(1958年生まれ)
・趣味 :読書、渓流釣り、キャンプ、居酒屋巡り

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