本に出てた場所に行く

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物語の海へ還る旅:村上武吉を読み、瀬戸内へ向かう

瀬戸内を旅し、過去が足元から立ち上がってくる瞬間がありました。大三島の大山祇(おおやまづみ)神社の森の深みに触れたとき、そして村上水軍ミュージアムの窓から能島を見つめたとき、私の中で“物語”と“史実”がゆっくり重なっていくのを感じました。村上海賊の当主・村上武吉――小説『村上海賊の娘』『海狼伝』『秀吉と武吉』3点を読み、そこで出会った彼が、実際に生きた海を前にした時、ページの中の波音が現実の潮騒と混ざり合って聞こえてくるようでした。今回は、私が旅の中で出会った武吉の影と、3小説の魅力、そして実際に訪れた土地の空気を重ねながら、瀬戸内の“武吉をめぐる旅”を紹介します。そして「しまなみ海道」で私が食した美味い処も少しご紹介します。
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「凍てつく太陽」の街・室蘭を歩く|小説の舞台をたどりながら見つけた「知らなかった故郷」

葉真中顕の小説『凍てつく太陽』を読んだのは、偶然ではなかったのかもしれません。舞台が、私が幼少期を過ごした北海道・室蘭だったからです。平和な時代に、幼い私が見ていた活気ある鉄の町。しかし、この小説が描き出すのは、同じ街の“もうひとつの顔”でした――戦争、差別、監視、そして人間の闇。物語を読み終えた私は、かつての街をもう一度、自分の足で歩いてみたくなりました。
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「泥流地帯」の風をたどる——三浦綾子が描いた再生の原点を上富良野で歩く

文学の舞台を訪ねると、物語の中でしか知らなかった“時間の重み”が、現実の風景の中で静かに立ち上がる。三浦綾子の小説『泥流地帯』は、1926年(大正15年)に北海道十勝岳で実際に起きた噴火と泥流災害を背景に、すべてを失いながらも再び立ち上がろうとする農民一家の姿を描いた作品だ。私は今回、その舞台である上富良野町を訪ね、開拓記念館や文学碑を巡りました。映画化も発表され、再び注目を集めつつある『泥流地帯』。三浦文学の根にある「誠実」「再生」「赦し」というテーマを、現地で感じた空気とともにたどってみます。
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御伽草子「一寸法師」の舞台へ──住吉大社を歩く

子どものころに聞いた昔話を、大人になってから訪ね歩くと、物語が別の顔を見せてくれます。御伽草子『一寸法師』の舞台とされる大阪・住吉大社。小さな体で大きな夢を抱いた少年の姿を思い浮かべながら、私は天王寺から路面電車に揺られ、静かな杜へと向かいました。
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今治を歩く ― 七月隆文『天使は奇跡を希う』の物語が息づく場所

手にした本が舞台となる地を旅できる幸せ。今回歩いたのは、七月隆文さんの青春ファンタジー小説『天使は奇跡を希う』の舞台、愛媛県今治市。小説を読んで「なぜ今治が舞台なのか」をずっと考え続けました。そして、実際に訪れ、その理由が静かに、でも確かに腑に落ちました。今回、今治駅、今治城、三嶋神社の3地点を巡り、それぞれが物語の魅力を引き立てる舞台装置であることが、訪れて初めて見えてきました。小説の舞台となる瀬戸内海に面したこの街は、境界性と祈りの風土、再生と結びの象徴、そして都市としての程よい規模感、スケール感を備え、それが、登場人物たちの「奇跡を希う心」を深く支える土壌となっていました。 
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「空と風と時と 小田和正の世界」を読み、彼のmy hometownで紅茶を飲む

本書「空と風と時と 小田和正の世界」(追分日出子 著)」は、小田和正の楽曲や彼のこれまでの人生を、深く掘り下げた本です。故郷・金沢文庫での少年時代からオフコース時代、そしてその後のソロ活動が日本の音楽シーンに与えた影響が克明に語られています。 私が小田和正の音楽を聴き続けてから40年以上が経ちました。オフコース時代からソロ活動の今まで、彼の作る曲は都会的で洗練されたものです。その繊細で透明感のある高音ボーカルは、日本のシンガーソングライターの中で唯一無二の存在感を持っています。そして年齢を重ねた小田和正は、最近特に人生や人とのつながりを大切にする楽曲をいくつも私たちに提供し続けています。 そんな歌を生み出す彼が生まれ育った街がどんな所か、彼の「my home town」である金沢文庫の「小田薬局」を訪ねてみました。
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石牟礼道子『苦海浄土』、水俣病発端の地「百間排水口」を訪れた

2021年9月、アメリカ人の写真家、ユージン・スミスの水俣での取材体験を描いた映画「MINAMATA」を観た私は、水俣病を語った石牟礼道子の小説『苦海浄土』を読み、水俣を一度は訪ねるべきと強く思いました。その年の12月、九州に行く機会を得た私は、「水俣市立 水俣病資料館」を見学した後、汚染された土壌を埋め立て整備された緑地公園「エコパーク水俣」内を歩いて、小説に出ていた水俣病発端の地点といわれる「百間排水口」に向かいました。 その排水口は、今は浄化処理された排水が流れていました。しかし1932年から1968年まで水銀化合物が流され続けたこの場所を前に、私は心臓の鼓動がいつもより大きくなるのを感じました。
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伊集院 静が描く、正岡子規仮寓の向島、長命寺山本やで桜もちを食す

作家、伊集院静は小説「ノボさん」で、病と闘いながら俳句・短歌の改革を進めた正岡子規と、学友の子規を見守りながら自身の文学を模索し始める夏目漱石の交流を描き出しました。向島は子規が明治21年の夏休みに郷里の松山に帰省せず、仮寓した街でした。 子規は向島で秋の七草にちなんだ和漢詩文集「七草集」の大半を著すなど、後年の俳句の革新運動にも通じる文集をまとめ上げています。物語ではこの時、子規が長命寺山本やの餅屋の娘、おろくに初恋に似た感情を抱く姿が語られる一方、後年の病気を暗示する喀血の様子も描かれ、35歳の若さで逝った子規の哀切な思いを私に抱かせました。 今回、私は「ノボさん」こと子規が下宿したとされる「長命寺山本やの餅屋」で『さくら餅』を実際に食べて来ました。その様子と店名長命寺の由来などについて、ざっくりとご紹介します。
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原田ひ香が描く神保町の食と文学、揚子江菜館の上海式焼きそばを食す

神保町は文学好きと美食好きが集まる街。 神保町は文学好きと美食好きが集まる街。原田ひ香は著書「古本食堂」シリーズの中で、神保町を舞台に古書と美味しいものがあふれた物語を描き出し、実在する飲食店や旨いものを作中でいくつも取り上げています。今回、筆者は「古本食堂」第5話の中に出ていた中華料理店「揚子江菜館」に実際に行って『上海式焼きそば』を食べて来ました。その様子と小説「古本食堂」の概略、この本で紹介されているその他のお店もざくっとご紹介します。